モード1とモード2の「狭間」で:マイケル・ギボンズ「現代社会と知の創造」

 マイケル=ギボンスの、いわゆる「モード論」を、夜な夜な、ふとんの中で読み直していました。この本、大学院を出るかでないかの頃に、一度、読んだ記憶があるのですが、そのときはあまり「ピン」ときませんでした。

 でも、それから10年。
 今あらためて、35歳になって、センターでの教育企画の仕事に携わりながら、教育・研究活動を大学において行い、研究室を運営し、この本を読み直してみると、なかなか興味深いものがあるな、と感じました。

 自分の研究の置かれている立場、大学に期待されている社会的役割。
 ギボンズの提示している「枠組み」を「鵜呑み」にするのではなく、それを「たたき台」にして、自分の10年間の活動、目にしたもの、耳にしたもの、を振り返ってみると、少なくとも「ピン」とくるのです。「そうだよな」と思わず「首肯」してしまうところや、「違和感」を感じるところがでてきました。

  ▼

 いわゆる「モード論」の著者マイケル=ギボンズは、現在の科学技術の研究活動、いいえ、それのみならず知識生産の様式(モード)を敢えて戯画的に類型化し、「モード1」と「モード2」という呼称を用いました。

 一言でいえば、「モード1」とは「個別の研究分野・研究方法論(ディシプリン)中心型の学問」のこと。いわゆる「モード1」を「サイエンス」とよみかえれば、もしかすると誤解をたくさん生むかもしれませんが、わかりやすいかもしれません。
 これに対して、「モード2」は、「個別の研究領域・研究方法論に依存しない、領域越境型の科学であり、実世界と深い関連をもつ問題を発見し、その解決をめざす学問」です。

 なお、「モード1」と「モード2」は、敢えて極化・戯画化して描かれていますので、違いが明瞭でわかりやすいです。しかし、その反面、その概念が多種多様な批判にさらされていることも、まず最初に述べておきます。

 そのことを含み混んだ上で、ギボンズが提示した「モード論」とは、どのような概念的フレームワークだったのでしょうか。「モード論」は科学技術社会論、産学連携、社会貢献のコンテキストにおいてよく引用され、専門的な議論が行われているのでしょうが、僕は、圧倒的「専門外」です。ですので、それに甘えて無責任にあえて「簡略化」します。それは下記のようにまとめられるのかな、と思います。

  ▼

【研究の問題設定】
 ■モード1
   ・問題設定は、各研究分野の内的論理によって行われる。
   いわゆる基礎研究や学術研究を支配する認知的・社会的規範
   と関連づけて行われる。
 ■モード2
   ・産業的応用、社会的応用の中で行われる
   ・「誰にとって役立つか」という点が意図される
   ・「なすべき価値」が自明ではないため、研究に自己言及性
    が生まれる

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【研究活動の主体】
 ■モード1
   ・単一のディシプリンをもつ大学研究者
 ■モード2
   ・大学研究者のみならず、産業界・政府の専門家
   市民など多様な人々

  ---

【研究活動組織】
 ■モード1
   ・大学の中にすでに制度的に安定的に位置づけら
    れている組織
 ■モード2
   ・非階層的で非均質的に組織された形態。大学意外の
   研究機関、シンクタンク、政府機関なども該当する。
   それらが電子的・組織的な多様な手段・メディアで
   結ばれることでコミュニケーションが機能する

  ---

【研究活動の推進】
 ■モード1
   ・単一のディシプリンの方法論による解決が行われる
 ■モード2
   ・多様なディシプリンからの参加が求められる
   ディシプリンを調節したトランスディシプリナリーな
   問題解決が行われる
   ・知的生産のすべての過程で多数のアクター間に緊密な
   相互作用がある

  ---

【研究成果の価値】
 ■モード1
   ・各研究分野の知識体系にいかに貢献しているかで決まる
 ■モード2
   ・研究成果は必ずしも個別ディシプリンの知識体系の発展
   に貢献しない
   ・知的生産の成果が社会的なアカウンタビリティを
    獲得しえるかどうか

  ---

【研究成果の発表】
 ■モード1
   ・学術雑誌・学会などの制度化されたメディアで行われる
   ・同じ研究方法論の同僚研究者からのピアレビュー
 ■モード2
   ・成果は参加者が研究活動に参加している最中に伝えられる
   研究の成果発表は、研究活動の中に埋め込まれている。
   参加者が別の問題コンテクストに移動していくことで、研究
   成果が移転する。

   ▼

 くどいようですが、僕はここで「モード論」をとりあげたからといって、この「ダイコトミー」に満足しているわけではありません。
 また、ここで「モード1とモード2のどちらかが優越する」という議論をしたいわけではありません。加えて「モード1とモード2のどちらかのあり方を、他者に迫ることは本意ではありません。
 あたりまえのことですが、厳密な意味で「モード1」と「モード2」を分けることはできません。そのことは、ギボンズも指摘しているように、「伝統的なディシプリン教育を受けた人、つまりはモード1をなした人が、モード2に移行すること」からも明らかです。

  ▼

 ただし、一方で、本当にしみじみと実感するのです。

 今、大学は、程度の差こそはあれ、この「モード1」と「モード2」の「葛藤」・「制度的矛盾」の中にあるよな、と。

 「モード1」と「モード2」の境界において生まれる制度的矛盾に、時にあがない、時に揺らぎつつも、一方で何とか、この「バランス」や「折り合い」を、必死に組織的にとっていこうとしているように、僕には感じます。

 そして、僕のような研究分野で(他の分野はわかりません)、現在の大学において教育・研究活動を行うということは、この矛盾や葛藤の中に、程度の差こそはあれ、影響を受けることなんだろうな、と思います。

  ▼

 ギボンズの「モード論」は科学技術論の中で消費され、語り尽くされ、論争のまとになりました。それはギボンズが「モード2」に肩入れをしていたことと無縁ではないように思います。著書の中にもありますが、「こんなものは研究ではない」というような批判も生まれ、のちのちの科学技術論においては、これを乗り越える努力がなされています。

 しかし、僕にとっては、一定の「自省を迫るメディア」「自省をうながすテクスト」として、本書を読むことができました。
 かつては「ピン」とこなかった科学技術論ですが、この年になってみると、これは「自分の問題なんだな」と思うようになっているようです。これが「成長」なのか、「老化」なのかはわかりませんが。

 「モード1」と「モード2」
 いずれにしても、僕は、その葛藤と矛盾の中にあります。

 そして人生は続く。

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■2011年2月9日 中原Twitter

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