今一度、「ケース」を考える
今年、某プロジェクトでは、人材育成に関する「ケース」をつくろうとしています。去年実施した組織調査をもとに企業を選定し、そこに質的な調査を依頼するのです。
先日、その第一回の会議が開かれました。会議では、担当者のSさんがこれまでに実施したインタビュー結果を全員で拝見しつつ(お疲れ様でした)、コンセプトメイキングを行いました。
今回、人材育成に関する「ケース」を開発するにあたり、その前に、そもそも「ビジネス教育における従来のケースとは、そもそも、何なのか」をみんなで考えてみました。
▼
「ケースメソッド」は、ハーバードビジネススクールを中心にして広まっている、ビジネススクールに特有の学習法であると呼ばれています。
僕がボストンに留学していた頃、ケースメソッドは、ハーバードの教育大学院でも見受けられました。
スクールリーダーシップなどの、いくつかの授業では、校長や地区の教育責任者の立場で書かれたケースを用いて授業が組まれていたのを朧気ながら覚えています。
▼
ケースメソッドそのものに関しては専門外なのでよくわからないけれど、どうやら、いろいろな人の意見や書き物を総合すると、
1)教員や専門家によって取材された事実によって構成されたケースを個々人で読み込み、仮説(意見)を自らつくること
2)その後、6名-8名程度のグループに分かれてディスカッションを行い、最後にクラス全体の討論を行う
という形式で進行します。
問題はその後で、その「効果」については、どうやら4つくらいが想定されているようです。
1) ケースメソッドを通して、一般的な意志決定のスキルを獲得させることができる
2) 大量のケースを読み込むことで、将来に出会うであろう、同様の事態に対処するための事例スキーマを形成しようとしている。
3) ケースメソッドにおける議論で、一般的な討議力スキルを獲得させる
4)大量のケースを読むのは「忍耐力」の育成である
ビジネスの分野でケースメソッドを考えている方にとっては、上記はあまり気をひかないことかもしれませんが、この4つの違いは、学習の研究者が見れば、非常に重大な問題に見えるはずです。いわゆる「学習転移」の問題にも波及しますね。ここでは詳しく書きませんが、「どのような教育手法で、何をめざしているのか」、深く考えてみると、面白いことがわかってくると思います。
そういえば、先日お会いしたある先生は、ケースメソッドについて、こんなご意見もいただきました。
「ケースメソッドでも、人によって、やり方はいろいろですね。完全にオープンに議論させて、そこから意見を創発させる人もいます。
しかし、ケースメソッドといっても、ほとんど普通の授業と変わらない人もいます。
ある先生は、ケースメソッドで、受講生に質問を投げかけて出た答えを板書するときに、文字を書く位置が、最初から決まっていることで有名です。
たとえば、一番最初にあてた人からでた答えでも、板書をするときには、黒板の一番端っこに書いたりするのです。本当ならば、中央とか、上の方に書くはずでしょ。
でも、そうじゃないんです。つまり、生徒とのやりとりは「擬似的」なのですね。最初から、授業の終わりには、完成した板書ができることを想定して、ケースメソッドをしているのです」
人生いろいろ、ケースメソッドいろいろ、という感じですね。
▼
ともかく・・・今プロジェクトでは、いわゆる「ケースメソッド」で用いられる「ケース」とは違うケースの作り方は、どうだろうか、という話をしています。
コンセプトは
「対話するためのケース」
「問いかけてくるケース」
ですね。
従来のケースメソッドは、どちらかといえば、1)個人を対象にしていること、2)議論に用いられる傾向がありますが、今回新たに開発するケースは、ちょっとこれとは異なっています。
人材育成には、多くの利害の異なるステークホルダーが関係します。めざすのは、ステークホルダーたちが、このケースを読んで、対話し、考えるための素材ということになるのかもしれません。
そして、個人的には、この開発には、1)ケースを「テクスト」とみなすこと、2)ケースの記述に「多声性(Multivoicedness)」をのこすことが重要なのかな、と思っています。ビジネスケースへの「羅生門アプローチ」というのでしょうか・・・。
羅生門アプローチとは、カリキュラム研究者のアトキンが名付けた言葉です。芥川龍之介の小説「藪の中(映画羅生門の元ネタ)」では、「一件の殺人事件(事実)が、異なる立場にたつ人の、異なる視点によって、いかに異なって見えてしまうのか」ということが描かれています。
アトキンは、カリキュラム開発における従来の「工学的アプローチ」に対照させて、この言葉をつくりました。ビジネスケースの開発にも、この羅生門アプローチが活かせないか、と思っています。
・・・・まだ頭の中が混沌としていますが。
▼
ともかく、この成果は12月に公開されます。
僕もこのプロジェクトも進行が楽しみです。
そして、皆さんも、どうぞお楽しみに。