鍼灸師という仕事
「働く大人がどのようにして一人前になったのか」、そのプロセスをしつこく聞く非公式インタビュー「一人前シリーズ」、今回は鍼灸師。
鍼灸師が一人前になっていく過程で、最も難しいのは、西洋医療と鍼灸医療の違いを理解し、実践することに、という。
西洋医療では、ある症状は、ある原因から生じたと考える。そして、ある一点で検査を行い、そこで見いだされた症状に対して、薬や処置などの介入を行い、原因を消失させようとするのだという。原因が消失すれば、症状は軽快する。つまり病気は「根治」した、と考える。
しかし、鍼灸の世界は全く、これと世界観を異にする。
比喩的な言い方だが、鍼灸の世界には「根治」はありえないのだという。体調は、-1<体調<1というような値をとるものと考えられ、常に移ろいゆくものと考える。
そして、体調をなるべく「中庸」にもっていくことを考える。重要なのは「1」、つまりは「よい状態」にもっていくことを考えない、ということである。
鍼灸の世界に、症状と一対一で対応する原因はない。だから原因の消失もありえない。鍼灸師は「原因」を見るのではなく、「体全体」を見る。そして、「体全体」には「快復力」が自ずとあると考える。鍼灸が行っているのは、この「快復力」を高める支援であるという。
違いは、その治療法にもある。
鍼灸の治療時間は一般に1時間を超えることも多い。その長い時間の中で、針をうちつつ、それに対する体の反応を指先や目で感じる。この感覚をもとに、さらに次の治療方針が決まる。つまり、治療方針は、治療の中で再帰的につくられていく。ある一定の時間の中で、体と対話する中で、アドホックに決定され、実践されていく。
鍼灸師が仕事を覚えるときに、まず障害になるのが、この鍼灸のコンセプト、世界観を理解することだという。
鍼灸師になりたい人も、もちろん、私たちも、近代医学の恩恵を受けており、その考え方の虜になっている。これを一度アンラーニング(unlearning)して、鍼灸の世界観を理解することが、まず、最初のハードルなのだという。
次に難しいのは、針をうつことではなく、針をうったあとの反応を感じることだという。
針をうった感じが堅いのか、やわらかいのか。痛いのか、痛くないのか。他の部分のコリはどのように変化したか。それを総合的に判断し、アドホックに次の方針を決めるのだという。
何年くらいで一人前になりましたか?
と尋ねたところ、経験20年近い先生は、「まだまだわたしなんかは」と謙遜していらっしゃった。
「ひとりひとり体は違いますから、毎日が発見です」
この世界も奥が深い。
というか、どんな仕事であれ、「仕事にまつわる学び」は奥が深い。