ワークプレイスラーニング (Workplace Learning)とは:学習環境のデザイン編

 先日から、ワークプレイスラーニングについての話をしています。

ワークプレイスラーニングとは:定義編
http://www.nakahara-lab.net/blog/2007/09/post_1005.html

ワークプレイスラーニングとは:現場の学び編
http://www.nakahara-lab.net/blog/2007/09/workplace_learning.html
 
 
 ワークプレイスラーニングは、企業における人間の「学習」を、「研修」と狭く捉えるのではなく、より広く、「現場の学び」を含みこむものとして捉えるのでしたね。

 ワークプレイスラーニングの視点にたつと、「学習」とはイコール「知識伝達」ではありません。
 一般的に研修で行われるような「知識集積」だけでなく、現場で行われる「知識構築」や「知識統合」をも、学習とみなす。それがワークプレイスラーニングの視点でした。

 先日は、「現場の学び」とは何か、という話をしました。それは、いろいろな要素を含むのでしたね。現場に偏在する様々な「学びのタネ(=リソースとかアクターと言います)」から、人は常に学び続けています。

 今日の話は、じゃあ、どのように「現場の学び」を促進したらいいのか、という話です。それを促進しようと願う人は、何をすればいいのか。

 結論から申しますと、「学習環境をデザインするべし」ということになります。別の言い方をするならば、「アクターネットワークを構築すべし」ということになるでしょうか。

 うーん、わからんね、わからんよ、こんな説明では。
 下記、もうちょっと具体的に説明していきましょう。

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 前者の「学習環境のデザイン」という考え方は、「教育のデザイン≒インストラクショナルデザイン」という言葉と「対」をなす言葉です。

 Lave and Wenger(1991)は、学習には、下記の2つの見方があるとしました。

1.教育のカリキュラム=教授法のデザイン
 「教えるべき内容」を教授者が学習者に教えること。学習者個人がスキルや能力を向上させるための、一連の教育プログラムや教授を開発することが教授者のやるべきこと、となる。教授的な処方箋を書くこと。別名、インストラクショナルデザイン。

2.学習のカリキュラム=学習環境のデザイン
 日々、学習者が過ごす場には、「学習のリソース=学びのタネ」がたくさん偏在している。学習者の立場にたって、彼らの学習を成立させるリソースや、その配置をデザインすることを学習環境のデザインという。学習者が、様々なリソースにアクセス可能な空間的、社会的、制度的なデザインを行うことでもある。

 この「差」、わかりますでしょうか。

 具体的に事例をあてはめていきますと、前者は要するに、「研修のデザイン」ですね。
 後者は、「研修後、学習者が過ごす職場環境の整備=しつらえ」ということになるでしょうか。

 前回も述べましたように「現場の学び」には、様々なタネがありましたね。タネ(=リソース)は、制度(ジョブアサインメントの場合など)であったり、モノ(ナレッジマネジメンントシステムの場合など)であったり、他者(メンタリングの場合など)であったりしました。

  加藤・鈴木(2001)では、「ヒト・コト・モノ」という3分類で、学習環境のデザインを整理しています。

1.ヒト(組織)のデザイン
  ・組織
  ・制度
  ・規則
  ・行動規範
  ・人的関係

2.コト(活動)のデザイン
  ・活動内容
  ・目的
  ・動機付け
  ・達成目標
  ・必然性
  ・賞罰
  ・インセンティヴ
  ・モデル
  ・出来事(イベント)
  ・活動の(時間的)場

3.モノ(道具)のデザイン
  ・器具・道具
  ・教育メディア
  ・インフラ
  ・機能
  ・ヒューマンインタフェース
  ・意匠
  ・ドキュメント(コンテンツ)
  ・活動の(空間的)場

 すげーな、こんなにデザインするべきものがあるんだね。

 いずれにしても、「現場の学び」をつくりだすためには、様々なリソース、手法を組み合わせて、もっと具体的に言いますと、「道具」や「他者」などを組み合わせて、学習者が自ら学んでいける「環境」をつくりだすかが、ポイントなのです。上記の「学習のカリキュラム」のところでは、このことを述べています。

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 ちなみに、こうした学習環境のデザインは、「アクターネットワーク」という理論においても説明することができます。

 アクターネットワークというと、ラトゥール(1987)とか、カロン(1987)が有名ですが、これはそのまま解説すると超難解なので、簡潔に述べます。

 まず、アクターネットワーク理論では、何かモノゴトを成し遂げる際には、様々な「アクター」が「ネットワーク」をなすことが重要であると考えます。

 ここでいう、アクターというのは、人間でも、モノでもいい。とにかく、様々な「something」が協調して、ネットワークをなすときに、モノゴトがなしとげられる。

 じゃあ、モノゴトを成し遂げたいと願う人間は何をすればいいか、というと、様々なアクターを巻き込んで、説き伏せ、協調させて、アクターネットワークをつくることをしなきゃならん、というわけなのです。こうした活動のことを「翻訳」といいますね。

 じゃあ、この「翻訳」には、どのような種類があるか。ラトゥールは下記のように整理しています。

1.強大アクターの目的に迎合する
2.弱小アクターの方法を強大アクターの唯一の道として仮構
3.弱小アクターの方法を強大アクターの近道として仮構
4.強大アクターの目的自体を再構成する
  4.1.強大アクターの目的をズラす
  4.2.新しい目的を創造する
  4.3.新しい集団を創造する
  4.4.他の方法を隠蔽する
  4.5.貢献度の審理にかつ
5.必要不可欠な状況で居る

 上記に見るように、アクターネットワークの構築には、ものすごい「政治的かけひき」が必要なのですね。

 でも、これって、僕らが日々やっていることなんですよ。
 何かを成し遂げるためには、誰かひとりの有能な知能だけが必要なわけではない。むしろ、様々な利害関係者(=アクター)を、政治的かけひき(=翻訳)引きずり込んで、ネットワークを構築しなければならないわけです。よーく胸に手をあてて考えてみると、何かしら、いつもやっているでしょ、そういうこと。

 そして、この「アクターネットワークの構築」こそが、学習環境のデザインという考え方の「裏面」なのですね。

 つまり、学習環境のデザインをする人(=現場の学びを促進する人)というのは、政治的に中立(ニュートラル)なまま仕事をすることはできません。どうしても、「政治的かけひき」が必要になるのです。

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 いかがでしたでしょうか。ちょっと抽象的になりすぎたかもしれません。また別の機会にでも。

ワークプレイスラーニングとは:定義編
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