映画「シッコ(SICKO)」 を見た!:薬指と中指、どっちをつけときますか?
仕事中に事故で指を2本切断された大工。健康保険を持っていない彼に医師は聞く。
「薬指をくっつけるのは140万円。中指ならば720万円・・・」
お金のない大工は薬指だけ接合することを選んだ・・・。
50代の夫婦。数十年夫婦でまじめに働いたものの、晩年、夫は心臓発作、妻が癌を患った。彼らの入っているのは、保険料が安いかわりに、クオリティが低い保険。莫大な自己負担額のために自己破産。娘夫婦の地下室に引っ越すことを余儀なくされる。
急患で救急車に乗る前にでさえ、保険会社への<事前申請>が必要である。<事前申請>がなくては、保険金が下りず、数十万の医療費を自己負担することになる。<事前申請>はいつ行えばよいのか? 救急車に乗る前? それとも急病で倒れる前?
あるカナダ人が、バケーション中のハワイで倒れた。入院後、請求された金額は7200万円。
病院に入院していても、保険がなく支払い能力のない人たちは、タクシーに乗せられ、ひそかに病院から追い出される。行き着く先は、貧民街のど真ん中。検査着のままタクシーから引きずり下ろされる。「お大事に」
---
アメリカの医療制度を糾弾するマイケル・ムーア監督のドキュメンタリー映画「シッコ(SICKO)」を見た。
シッコ(SICKO)
http://sicko.gyao.jp/
「ボウリング・フォー・コロンバイン」では「銃社会」に、「911」では「ブッシュ大統領とイラク戦争」にかみついたマイケル・ムーアーの最新作。
「アメリカの医療制度は、ビョーキ(SICKO)だ、イカれてる!」
と吼える。
よく知られているように、アメリカには「国民皆保険制度」はない。個人はそれぞれ自分の責任で民間保険会社の保険に加入することになっている。この結果、アメリカ国民の6人に1人は無保険で、毎年1万8000人が治療を受けられずに死んでいく。
しかし、「シッコ」が告発するのは、「無保険者」の問題ではない。「ちゃんと民間保険に入って、高額な掛け金を払っていたのに、病気になって支払いの段になったら、保険会社に難癖をつけられ支払いを拒否される人が、後をたたないこと」である。
つまり、こういうことだ。
保険会社は民間営利企業である。民間企業であるということは、彼らの至上命題は利潤を上げることである。そのためにはどうするか?答えは簡単。患者に支払う保険金はなるべく少額に抑えればよい。
アメリカでは、医者は、必ず患者に処置を行う前に、保険会社に連絡をして、「その治療をやって、保険料の請求が認められるか、どうか」を判断してもらわなくてはいけない。保険会社はこのシステムを利用する。
あの手この手を使って、いやいや、難癖をつけて、保険請求を退けるのだ。
「その治療は実験的である(experimental)」
「その治療は、医学的に不必要である(medically unnecessary)」
保険会社に雇用された医師たちが、これらの判断を下す。彼らには一律でノルマが科せられており、患者の保険請求を却下すればするほど、ボーナスがもらえる仕組みになっている。
Deny! Deny! Deny!
かくして患者のもとには、「否認状」が送られる。
中には、本来必要な処置ですら、保険請求を認めない場合もある。現場の医師の判断は無視され、保険会社がすべてを決める。
医師がガンだというのに、「患者の年齢でガンはありえない」として保険請求を却下したりする事例もある。
骨髄移植で命が救われるかもしれない重病の夫。骨髄のドナーが見つかったと大喜びしていたのもつかのま、保険会社は保険料の支払いを拒否。なかなかお金が支払われないままに、夫は死んでしまう。
こうした悲劇があとを立たない。
---
僕は医療の専門家ではない。故に、この映画で取り扱われている内容に、どの程度バイアスがかかっているかは知らない。もちろん、お笑い映画ドキュメンタリストのマイケル・ムーアーのこと。彼の「突撃アポなし取材」で提示される<事実>をすべて信じるほど、僕はナイーブではない。
しかし、この映画は、医療が「市場化」したときに起こるであろう「最悪のシナリオ」を、見事に描ききってくれる。それは「金のある人はよい医療が受けられる、金のない人は医療が受けられない」というレヴェルのものではない。
<待ったなしの医療の現場>が、プロフェッショナルである<医者>が、そして力を持たない<弱い患者>が、民間保険会社に「隷属」せざるを得ない社会である。
保険を民間営利企業にまかせることは、<医療>を民間に任せることとほぼ同義である。医療費が、個人の支払い余力を超えるような高額になっている場合には、保険会社がすべてを牛耳ることになる。ここが「すべての問題のはじまり」である。
民間保険会社は、自分たちに都合のよい法律を通すため、ロビー活動を行う。政治家は多額の献金を受け取る。中には、保険業界のトップに天下って、年収2億円を受け取る強者もいるというから驚きだ。かくして、医療の現場は変わらない。苦しむのは、いつも「弱い立場にある患者」である。
現在、日本でも「医療構造改革」が進んでいる。日本のそれは、アメリカのそれとは少し性格を異にする。しかし、その根底には、アメリカと同じ「市場原理の導入」という発想がある。しかも、生命保険の不払い問題が表面化するなど、日本の保険会社も、様々な問題を孕んでいる。危険がないわけではない。
「シッコ」が描く医療現場の姿は、他人事ではない。明日は我が身。
数十年後、高額医療費で家を手放さざるを得なくなるなるのは、私たちかもしれない。