他者に対して「変化」を求める外部介入のディレンマ:そのプログラムが"あの人"に届かない理由
「他者に対して"変化"を求める外部からの介入」は、「今すぐ変化することが必要だと誰もが同意する、問題を抱えた個人」には、なかなか届かない。
これは、人材育成、人材開発の抱える、最大の課題のひとつであるような課題であるような気がします。ひと言でいえば「アポリア(難問)」。それが解ければ、ノーベル賞級(!?)かもしれません。
具体的には、たとえば
素晴らしい「学習プログラム」をつくりました。そういうプログラムを、ぜひ、「問題を抱えた、あの人」に自発的に受けて欲しい。
しかし、実際、ふたをあけてみると、プログラムを受けてきたのは、優秀でアンテナの高く、もともとそういう「学習プログラム」が必要のない人。
優秀な人は、そのプログラムに参加し、さらに力をつけ、自信をもつようになりました。しかし「本来受けさせたい人」は、自ら、そこに参加することはありませんでした。結局、「集団内の能力格差」が拡大することになりました、あべし(泣)。
とかね。
こんな事例だったら、皆さんのまわりにも、ゴロゴロしていませんか?
こうした場合には、「いくつかの対処策」があります。しかし、「いくつかの」と「複数感たっぷり」に書きましたが、「いくつかしか、方法はありません」とも言える(泣)。僕が思いつく「いくつかの」とは、下記の通りでしょうか。これ以外にあったら、ぜひ、TwitterやFacebookでも、ご教示ください。
1.必須・ルール・制度にする
要するに「強制的に変化を迫る機会」をつくるということです。ひと言でいえば「マスト事項化」、問答無用。
しかし、悲しいかな、「強制的発動と学習効果のあいだ」には、一般的には「反比例の法則」があります。たしかに「強制」はできるけれど、それが「変化」につながるかは保証されません。
2.生存不安(Survival Anxiety)を上げる
「強制的変化」とはいかずとも、「このままでは生存が危ないぞ」とおもわせることです。ひと言でいえば「危機感を漂わせ、それをドライブにして参加をうながすこと」ですね。2と3は組織行動論の泰斗Schein, E.の用語ですが、「生存」という言葉が、いつ聞いても、生々しいですね。
3.学習不安(Learning Anxiety)を下げる
「変化を拒んでいるのは、変化すること自体に不安を感じ、億劫である」と思っていると考えることから、学習不安を下げる対処策ははじまっています。要するに「学習≒変化の不安そのものを下げる」ということです。「大丈夫だよ、変われるよ」と、いうメッセージを出すことです。時によっては、「参加すれば、楽しそうだ」というメッセージもありうるのかもしれません。
4.集団圧力を利用する
人はピアプレッシャーに弱いものです。「変化を拒んでいるのは、自分だけが変わるのが嫌だ」と感じているからだとして、臨界点に達するような集団規模を動かし、そのピアプレッシャーを利用して、プログラムに参加してもらうというものです。たとえば、ビジネスの世界には、2・6・2の法則というものがありますが、イメージ的には、上位2と6を動かして、下位2を動かすイメージです。
1に近いような気もしますが、「強制」ではありません。2にも近いような気がしますが(?)、明確に「生存が危ぶまれるわけ」ではありません。「赤信号、みんなで渡れば怖くない的な処方箋」なので、3にも近いような気がしますが(?)、ここでは敢えてわけました。
5.自分が諦める / 退出してもらう
最後は「問題の解決を諦める」というものです。これには二つの主体がありえます。「自分が問題の解決を諦めるか」ないしは「他者に今の状況で居続けることを諦めてもらうか」それしかありません。
このように「今すぐ変化することが必要だと誰もが同意するような事態」に陥った場合、なかなか明確な処方箋はないのが実状です。
結局、この状況は、解決不能と思われるような、究極のディレンマ状況にあるのです。
「人が変化する」ためには、「自らイニシアチブやオーナーシップをもって、コトにあたってもらわなければならない」のですが、そうした機会が「自らによってではなく、他者や組織から提供されている」構図自体が「ねじれ」ているのです。上記の処方箋?は、その「ねじれ」を覆い隠す短期的対処といえるのかもしれません。
結局、「ある程度成熟した人」を、「第三者」は「変えること」はできません。できることは「変わろうとする人」に「変わる機会」や「変わる環境」を提供することくらいです。
究極的には、「今すぐ変化することが必要だと誰もが同意するような事態」になるまで、物事を放置するのではなく、もっともっと前から、そうした事態が生じないようにしておく。
しっかりとしたマネジメントコントール、クオリティコントロールをして、「今すぐ変化することが必要だと誰もが同意するような事態をつくらない」というのが、もっとも「早道」であり、「確実な道」なのかもしれません。
「今すぐ変化することが必要だと誰もが同意するような事態」を、後から「外部からの介入」によって「変えること」が、そもそも「限りなく不可能に近い可能?」、ないしは「超コスト高」ともいえるのかもしれません。
そして人生は続く
投稿者 jun : 2013年5月22日 06:31