PISAとTIMSSについて:ベネッセ・星さんのゲスト講義
今日は、教養学部の学部生向け授業「映像で見る学力論」の第3回目。ベネッセ教育研究開発センター・アセスメント研究室の星千枝さんをゲスト講師にお招きして、「PISAとTIMSS国際調査」についてレクチャーをいただいた。
僕個人は、PISAやTIMSSについて、これまで、まとまったかたちでレクチャーを聴くことはなかった。
星さんの今日のレクチャーは、非常にわかりやすく、僕自身が「TIMSSとPISAの概要とその違い」についてよく理解することができた。
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TIMSSとPISAの違い・・・つーか、その問いの立て方そのものが「イケてない」のだけれども、両者のテストは根本の思想が全く異なる。
表面的なところでは、問題文の構成(フレームワーク)も違うし、対象とする学年も違うし、やっている機関も違う(ぜんぜん違うじゃねーか)。
しかし、注目すべき根本的な違いは、TIMSSが「初等中等教育段階における教育到達度」をはかっているのに対して、PISAは「義務教育終了段階でもっている知識や技能を、日常生活の様々な場面で直面する課題に、どの程度活用できるか」を測定しようとしていることにある。
僕個人として、特に興味をもったのは、やはりPISA調査の結果の方だ。
PISA調査によると、日本が苦手な問題とは、結局のところ、
1.日常生活の課題をモデル化して、数学的な問いとして設定するような問題
2.数学的な課題から情報を抽出して、日常生活の課題に適応するような問題
要するに、
純粋に論理的な<世界>と、日常的な問題解決が行われる<世界>のあいだが、どうもうまくいっていない
(Real world problemからMathematical probleとしてのモデル化がうまくいかない)
ということである。
たとえていうのなら、日本の生徒は「平行四辺形の面積をだすような純粋に算数チックな問題」ならほぼパーフェクトに解くことができる。しかし、使う公式は同じであっても、それが日常的な文脈で利用するような問題になったとたんに、急速にできなくなるのだという。
星さんによると、問題構造的には同型の問題であっても、純粋な数学的課題ならば、96%の生徒ができる問題が、いったん日常文脈に移行すると、12.8%まで正答率がおちる問題もあるそうだ。
どうしてこのようなことが起こるのか?
これまでにも、多くの専門家がこの問いについて思索をめぐらしてきたようだが、いくつもの要因が重なっているおり、統一的な見解はないらしい。
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個人的には、このような話を聞いてしまうと、近年の「転移(Learning transfer)」の研究課題を思い起こしてしまう。
僕は「学力の専門家」ではないし、「テストの専門家」ではない。また、内部でどういう議論がなされているのかはしらないし、もしかすると、すでにいろいろ試みられているのかもしれないけど、
「なぜPISA型の問題ができないのか?」
さらに一歩進んで(ここでさらに一歩進んだ話をしたくなるのは、教育工学研究者の宿命!)、
「どうやってPISA型の<学力>を獲得させることができるのか?」
という話は、学習科学関連の転移研究、批判転移研究の知見やパラダイムを参考にしつつ考えることができるのではないか、と感じた(解決できる、ではない)。もしそうだとしたら、大学院生M君の活躍の場面は多いね、よかったね。
星さんに授業終了後、そのことを感想として述べたら、「転移」という着眼点は、あまりでていないそうだ。へー、そうなんだ。PISA関係、学力関連の教育学的言説が、おもに、社会学的なアプローチから生産されていることが原因なのだろうか。
もちろん社会学的なアプローチから「学力」に切り込み、政策レベルのマクロな提言を行うことも大変重要。しかし、同時に教育工学的、あるいは、学習科学的なアプローチにも貢献できるところがあるかもなぁ、と漠然と思った。
ちなみにPISA調査でわかった「読解力の低さ」もおもしろい。この原因は、専門家によって様々な見解があるらしい。たとえば下記のようなもの。
■読解力の経年比較から中位層の生徒が下位層にシフトしているが、二極分化とはいえない
■フィンランドでは、よく読書する生徒の読解力の得点が日本より際だって高いが、日本は読書時間と読解力が比例していない。日本においては、読書が読解力を育成していないのではないか。
なるほどねぇ・・・。
読解については、あまり詳しいお話をお聞きする時間がなかったけれど、何となく、文章読解系の知見の他に、critical thiniking(批判的思考)、critical reading(批判的読解)等の領域の知見が関係しそうだな、という感想をもった。確信ないけど。
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ともかく、12月の第一週に、新しいPISAの結果がでるそうだ。これも楽しみですね。
最後になりますが、お忙しい中ご講演いただいたベネッセの星さん、仲介をしてくれた中野さんに、この場を借りて感謝いたします。ありがとうございました。
星さんの論文
http://benesse.jp/berd/center/open/berd/2006/03/pdf/03berd_07.pdf
投稿者 jun : 2007年10月31日 07:00