成田エキスプレス、遠距離恋愛、カレシ
引っ越してからというもの、成田空港に行くには、JRの「成田エキスプレス」を使うようになった。
成田空港まで直通で1時間くらい。車窓の風景は、ビルディングが林立する「都市」から、水田の広がる「田園」へと、次第に変わっていく。いつも焦点を定めず、ただぼんやりと眺めているけれど、飽きることはない。
「これからいざ海外へ出る」というとき・・・。そういうときに、どんどんと後ろに流れていく風景を眺め、物思いにふけっていると、なんだか少し寂しくなってくるから不思議である。嗚呼、オレは日本をでるのか。無事に帰ってこなけりゃな。
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ところで、成田エキスプレスといえば、乗車するたびに、いつも同じような「凄惨な光景」を目にする。
成田エキスプレスは成田空港までノンストップの特急電車であるのにもかかわらず、「千葉行きの急行電車」と間違って乗車する人が結構いるのだ。今日まで数回、そういう被害者を目撃していた。
今日も、そんな人を3人見た。そのうち2人は初老の夫婦。まぁ、彼らの場合は仕方がない。だって、息子から持たされたという「電車の乗り方を書いたメモ」からして、全く間違っているんだから。ご丁寧に「成田エクスプレスに乗れ」と書いてある。
「あいつは情けないやつだよ・・・。40にもなって、電車の乗り方さえわかんないのか・・・」
と、おじいさんが疲れた顔でぼやく。同情するなぁ、その気持ち。息子のアホさを呪うしかない。
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問題は、電車が発車寸前に飛び込んできた大学生の女の子だった。背は高く、オシャレなマフラーをしている可愛い子だった。
手には、誰かへのプレゼントなのだろうか、TAKEO KIKUCHIの小さな紙袋をもっていた。
「すみません」
彼女は僕の隣の席に座った。
悲劇は発車して10分くらいたったときに突然起こった。車窓をボーッと眺めていた彼女が、急に、素っ頓狂な声をあげる。
「えっ、えっ、えっ?・・・あれっ」
「・・・・・」
「あのー、これって千葉に止まりますよね・・・」
「何がですか」・・・僕は答える。
「この電車は千葉駅に止まりますか?」
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残酷なようだが、三十路中原、ここは正直に答えるしかない。
「いいえ、この電車は成田まで直通ですけど・・・千葉にはとまりませんよ・・・千葉に行きたかったのですか?」
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長い沈黙が流れた。そして突然堰を切ったように・・・
「うわー、やばい、うわー、どうしよ・・・えー、千葉にとまらないのですか、それ困ります、ヒック、ヒック」
女の子は涙を流してしまった
久しぶりに、これには参った。
おいおい、ちょっと待ってくれ。オレが泣かしたみたいじゃないですか。いやー、僕、悪くないですよ。
皆さん、ちょっと僕をジロジロ見ないでくださいよ。あのねー、ほら、何もしてないって(手をあげる・・・)。アイアム無罪。
彼女はまだヒクヒク言っている。
オメー、いつまでもヒクヒク言ってんじゃねー。すっかり、オレが悪人じゃねーか。
と一瞬恫喝したくなったけど、うーん、ここで彼女を責めても仕方がない。まして、それをやっては、さらに「人非人度」があがってしまう。
ここは、全身全霊、ジェントルボイスで慰めるしかない。希望だ、希望を語ろう。
「いや、ちょっと待ってください。今は、もう、このまま成田までいくしかないですけど、そこから千葉に戻れば30分くらいでつくと思うんです(よく知らないんだけど、そのくらいかな、と思って思わず口に出た)。待ち合わせ?は何時ですか・・・」
「ヒック、ヒック、○○時です」
「じゃあ、間に合いますよ。何とか、いやー、きっと間に合うって。ギリギリだけど、何とかなるよ」
「本当ですか。間に合いますかね」
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しばらくして、女の子は泣きやんだ。少し安心したせいだろうか、いろいろ自分のことを語ってくれた。
自分は静岡の大学に通っていること。
カレシは千葉の大学に通っていること。
遠距離恋愛をして1年くらいになること。
一ヶ月に一回くらいお互いの住む街で会っていること。
そして、今日がカレシの誕生日であること。
前回逢ったときに遅刻してしまい、もう二度と遅刻しないと約束したこと。
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数十分たって、電車は成田空港に入る。
「いろいろとすみませんでした、海外気をつけて行ってきてください」
と言って、彼女は足早に席をたつ。
ホームにでた彼女は走る。これからカレシの待つ千葉へ急ぐ。あっという間に、姿は見えなくなってしまった。おっと、こうしちゃいられない。僕も、そろそろ向かおうか。
いやー、久しぶりに僕は「遠距離恋愛」とか「カレシ」とかいう言葉を他人の口から聞いた。訳がわからないけど、少し「ほろにがい感じ」がした。
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彼女、待ち合わせ時間、間に合ったかな・・・。
きっと、間に合ったよな・・・いや、間に合ったよ、絶対。
投稿者 jun : 2006年11月13日 07:04