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"Spring comes"
by Miwa
2004/03/31 文部科学省 大学共同利用機関 メディア教育開発センター、最後の日 今日は「国立大学」最後の日である。そして、同時に「大学共同利用機関」の最後の日でもある。 僕の勤務先である「文部科学省 大学共同利用機関 メディア教育開発センター」は、明日から「独立行政法人
メディア教育開発センター」になる。僕は、今日をもって助手(文部科学教官)、国家公務員の身分を失う。明日からは、「独立行政法人 メディア教育開発センター」の教員として雇用される予定である。 しかし、僕は正直にいうと、そう思っていない。内部にいる人間にとってよい方に変わるのか、悪い方に変わるのか、それは僕にはわからない。が、こういう改革が、形式的であるとは全く思っていない。 まことに数奇な運命か、うちの家族は、父母が「電電公社からNTTへの民営化」を経験し、妹が「郵便局から郵政公社への組織改革」を経験している。その彼らの経験から言っても、次第に大学や大学共同利用機関のあり方も変わってくるのだと思う、静かに、そして確実に。 少なくとも僕にとっては、「文部科学省 大学共同利用機関 メディア教育開発センター」は、とてもよい研究環境であった。大変自由に、そして、のびのびと研究をさせてもらえた。僕の場合、博士課程を中退しここに就職したが、ここで研究できたことは望外のシアワセだった、心からそう言える。 終わりは始まり。 2004/03/31 漬け物のモト カミサンが「漬け物のモト」を送ってきてくれた。「梅味」と「青じそ味」の浅漬けを速攻でつくることができるやつ。早速、とてつもない大きさのきゅうりを1本買ってきて、モトに浸す。こちらでは、この大きさしかないのだ。よく揉んで、冷蔵庫で冷やすこと30分。ほどなくして、漬け物ができあがった。
アタリマエのことだが、漬け物の味には一滴の「アブラ味」も感じなかった。そのスガスガシサに感動した。そうだ、オマエを僕は待っていた。涼やかなその味に、心が動いた。 たかが漬け物、されど漬け物。浅漬けひとつで感動できる自分に気づく。
後日談。あまりに漬け物がおいしくって、それを肴に酒を飲んでいたら、飲み過ぎて胃が少し痛い。一人酒でカラダを壊すというのは、ダメ人間の1歩手前である・・・カタジケナイ。漬け物がうまかったこともあるが、ちょうど、その日のワインが以上にうまかったこともある・・・トホホ。 漬け物恐るべし! 2004/03/30 デイブ=ブルーベック 週末の夜、ハーバード大学の講堂で開催されたデイブ=ブルーベック・カルテットのJazzコンサートにいった。デイブ=ブルーベックのレコードは、僕がはじめて買ったJazzのアルバムであった。今からもう15年以上も前のことである。そのアルバム、名前を、「タイムアウト」といった。 デイブブルーベックを知らない人はいるかもしれないが、彼らの代表作である「テイクファイブ」を聞けば、「あっ、あの曲か」と思うだろう。日本では、健康ドリンクのCMなんかに使われたことがある。l 今回、彼らの演奏を生で見るのはもちろんはじめてで、その音楽に時がたつのを忘れてしまった。気づいたときには、最後の演奏曲であるテイクファイブを迎えていたというのが事実である。もう70歳をこえる高齢だというのに、彼らは、今、米国やヨーロッパを演奏旅行する毎日をおくっているのだという。先月は1日しか自宅にいなかったと言っていた。 それにしても、週末の大学の構内に一流にアーティストがくるってのは、とてもよいことだと思う。大学は、知的であるだけでなく、文化的であってほしいと思う。
カルチャーを欠いた知性に、僕はあまり魅力を感じない。 2004/03/29 ニューヨーク 先日週末を利用してニューヨークに一人旅したときの写真ができた。ニューヨークではここぞとばかりにミュージカルを3本も見て、美術館をじっくり堪能してかえってきた。6月に僕と妻の親・親戚がこちらに遊びにくるが、そのための下見もかねた小旅行であった。
2004/03/28 第三の道 朝、ハーバード教育大学院に通っているウォーレンと、田口さんとハーバードスクエアで待ち合わせて散歩。今日のボストンは、数日前とはうってかわって死ぬほど寒かったが、何とか完歩。そのあと、ウォーレンのドミトリーにいったり、お昼を一緒にしたりして、話した。とても楽しかった。 ウォーレンは、小学校の校長先生になるべく、この大学院に通っている。こちらで校長先生になるためには、多くの場合、数年の教職キャリアのほか、修士号以上の学歴が必要である。授業の中には、講義やディスカッションの他に、ケースメソッドなどを組み合わせたものもある。 すべての学校がそういうわけではないが、多くのこちらの学校では、校長先生は、「経営者」である。教員を雇用・解雇したりする、予算を決定するなど、様々な権限をもっている。教員の解雇に関しては様々な手続きがあり、最低3年間は時間を要するが、そのほかのことは、迅速な意志決定を求められる。リーダーシップを発揮し、学校をマネジメントしていくことが期待されている。 校長には任期がある場合が多い。マサチューセッツ州、カリフォルニア州の場合は1年契約であるとのことである。募集は、ちょうど日本の研究者公募のように行われているようだ。契約を更新されるかどうかは、校長や学校の業績を評価するスーパーインテンデントという人たちによって決定されるのだという。ニューヨークの場合、1名のチャンセラー、11名のスーパーインテンデント、多くのアシスタントインテンデントがその任にあたっている。
教育の世界における「リーダーシップ」...それによる学校改革。 前の日記にも書いたことだが、日本の教育現場においては、これまであまり注目されてこなかった概念であろうと思われる。日本の教育現場の場合、どちらかというと、「教師同士の協同による実践の吟味」が従来から行われてきた。アメリカでそれが言われる以前から、ずっと日本の教師たちはそうしたかたちで、教育の質の高さを維持してきたことは、間違いのない事実である。 しかし、ここで詳細を述べることは差し控えるが、それだけで立ちゆかない社会的問題、つまりは学校全体として一貫した姿勢をもって取り組むべき教育的課題が生じてきているのも事実である。昨今の教育現場では、教師同士の協同性が失われてきているとも言われている。そもそも、協同性を発揮できる場をつくるためには、リーダーシップが必要であるとも言える。予算の執行や、人間の雇用などで権限を発揮するのもリーダーシップかもしれないが、教師同士の結びつきをつくることも重要なリーダーシップの要件である。 しかし、だからといって、ここで単純に、「リーダーシップを教育現場に導入せよ」「リーダーシップの養成プログラムを日本の大学院につくれ」という結論をだすのは、早計であると僕には感じられてならない。それもよいかもしれないが、おそらくは根づかないと思うのである。「現場でおこっている出来事」を一番よく知っているのは、現場の先生方であり、実際に現場を変革するのも彼らである。彼ら自身が歩んできた歴史や、彼らがもつ文化との整合性をつける必要があるのではないかと思う。 日本が誇る教師同士の同僚性による実践の変革、それに対して、どのようにリーダーシップをかみ合わせるかが、課題であるように感じる。そのためには、両者からシナジーを生み出せるような第三の道の模索が必要なのだろう。研究的には、理論的接合の可能性を模索することも必要であるように感じるし、それをふまえた実践研究も必要なのであろう。 2004/03/27 白い巨塔 白い巨塔... ボストンにきたあとでも、密かにカミサンにビデオを送ってもらって、見続けていました。最終回のDVDが、今日、日本から届いて、さっき見終わりました。日本でドラマはもう随分前に終わっていたのかもしれないけどね、僕の中で、今日がようやく完結です。もちろん、小説でも読んでいたけどね、やっぱり映像になるとひと味違うね。 このドラマ、どうして僕がずっと見続けていたのかというと、ドラマの主題に通底している「基礎研究と臨床研究」「研究業績と医療業績」とか、そういう、ほとんど解決不能なコンフリクトが興味深かったからです。 「教授選の攻防」も十分オモシロかったけれど、「ペーペーの助手」には、どうしてもこれは実感がわかない。それよりは、そういうコンフリクトに共感を寄せてしまうというのかね。 ちなみに、個人的には、財前教授のようなキャラに魅力を感じます。別に奇をてらって「悪役」に敢えて一票を投じているわけでもないです。が、個人的にはとても美しいのだけれども里見助教授は好きになれません。 と思っていたら下記のようなページを発見。
あなたはいかがですか? 2004/03/26 プロフェッショナル アメリカの大学院の中には、企業内の人材育成担当者を育成する教育プログラムをもうけているところがあります。要するに、企業内の学習戦略、教育戦略を構築するプロフェッショナルを養成する大学院教育ということですね。 そのプロフェッショナルの名前ですが、たとえば「Workplace learning & Performance professional」といったり、「HRD professional」といったりします。細かいことを言えば、違いはあるのですが、その定義自体も曖昧ですし、ここでは区別せず「人材育成プロフェッショナル」とよぶことにしましょうか。 この領域、研究者の数も限られているので、それほど数は多いわけではないです。ですが、中にはオンラインで受講できるものもありますね。たとえば、下記のようなものがあります。
ここでどのような学習が行われ、それでどのようなExpertiseがつくのか、とっても興味がありますが、ホントウのところ詳細はわかりません。もしどなたかここを卒業した方がいらっしゃって、お話など聞けるととても嬉しいのですが。 願わくば、ここで学んだことが現在のキャリアにどう活かされているのかも知りたいですね。 2004/03/25 ダイガクカイカク 文部科学省のページにダイガクカイカクの現状に関する報道発表がのっていた。
--- また、僕の仕事がらみでは、下記のような調査研究協力者会議の議事録・資料も見つけた。この調査研究協力者会議のことは、山内さん、西森さんらがワーキングループに参加していらっしゃったから、少し話は聞いていた。
資料など、とても充実していて参考になった。 --- ...今日は26日、国立大学最後の日まで、既に残り1週間をきった。 2004/03/24 春休み 今、MITは春休みである。 ということで、学生ではないのだが、僕もこの機会に便乗し今週を春休みとすることにした。春休みといっても何もしないわけではない。新たになるべく情報を入れることをしないで、整理することに時間を使うという意味である。 2月から3月にかけて少しずつ忙しくなっていった。だんだんと忙しくいったんだよね・・・なぜだろうか、それは幸せなことではあるけれど。 しかし、時には、少し整理することも重要である。整理されない情報は、たとえ、それがどんなに貴重なものであったとしても、すべていつか失われる。 1週間・・・短く、そして貴重な春休み・・・それにしても読まなければならない文献は日々増えていく(涙)。 2004/03/23 不思議 こちらにきて不思議で不思議でしゃーないことのひとつに - 「ひとつ」というからにはたくさんあるんだけどね - スーパーマーケットでのレジの非効率さがある。最近、僕は自炊をしているので、スーパーマーケットによくいく。いつもサラダと、ブロッコリーと、パスタを買う。 ともかく・・・ 僕にはアメリカのスーパーマーケットは非効率の固まりであるように感じる。いつお買い物にいっても、レジに長い列ができている。そして、その列の長さを店員は誰一人として気にしている様子はない。客の方も慣れているのだろうか、全然気にしている様子はない。 「プラスチックとペーパー、どっち?」と聞くことの意味がわからない。思わず、「どっちでもいいからはやく品物を入れろ」と言いたくなる。 わざわざ、客が買いたい品物をひとつひとつベルトコンベアに乗せることの意義もわからない。買い物かごから直接商品をとってレジ打ちすればよいのにとふと思ってしまう。 そんなこんなで長い行列ができているのに、店員がひとつひとつ買い物袋に品物をいれてくれる意味もわからない。そんなことしてる場合じゃないだろ、と思わず、その作業を手伝ってしまう。「いいよ、オマエははやく次の客のレジうてよ」と思って、ついつい、自分の商品を手に取ってしまう。 アメリカ人がプラクティカルとは誰がいったか。どこがプラクティカルなのか教えて欲しい。少し前にアメリカで流行っている映画に、「Lost in translation」があったが、「それはこっちのセリフだ、こんちくしょー」と言いたくなる。 どうでもいいことだが、いつも不思議に思う。 2004/03/21 ファカルティデベロップメント 先日、同じMITのCECIで客員研究員をやっているフランチェスカとミーティングをもった。先日、フランチェスカと僕が話していたときに、彼女の研究領域がファカルティ・ディベロップメントにあるということを知って、それならば田口さんに引き合わせようとしたのが、きっかけだった。今日のミーティングには、田口さんも参加した。 フランチェスカは、スイスの大学からMITに調査にきていた。彼女が事例研究の調査対象としたのは、MIT、タフツ大学、ノースイースタン大学というボストンの3つの大学。 彼女のリサーチテーマとは、「ITを活用した教育を行うために、それらの大学ではどのようなサポートをファカルティに対して行っているか」ということである。彼女は、各大学の関係者に対して、各種のインタビューを行った。 もともとビジネスのバックグラウンドをもつ彼女は、この問いに対して、組織構造的なアプローチを行っている。彼女の発見はいくつかあるだろうが、ファカルティディベロップメントを、各学部から独立したCenterized organizationが行うか、各学部の内部につくられるFD部門のような、independent and decenterized organizationが行うかに関して考察を試みていた。それぞれにメリットがあり、デメリットがある。 彼女と話していて、僕自身思ったことは次のとおり。
2004/03/20 学術雑誌 下記は、今、僕があさっている「企業の中の学び研究」に関連ありそうな雑誌のリスト。この領域に取り組んでみたいキトクな人がいれば、是非、一緒に読みましょう。 英文雑誌、みんなで読めばツラクナイ・・・わけない。
2004/03/19 会合 この2日間、ある会合に参加していた。それが何であるかは、この場では言えないが、僕にとって、とても勉強になった会合であった。 研究的に実りがあった。なるほどね、と深くうなずいてしまうこと思うこともあったし、発見もあった。また、その会合の運営の仕方からも学ぶべき点が多かった。 この場を借りて、この機会を与えてくださった皆さんに感謝したいと思います。ありがとうございました。 2004/03/18 インターネット高校 「株式会社による学校設立」の教育特区に、石川県美川町が内定したことで、オンライン学習だけで、高卒資格をゲットできる高校が出現するそうですね。
どのような学生がここに集い、どのように勉強するのか、僕としては、興味津々です。おそらく、学校にいきたくてもいけない不登校の子どもたちが、主な学生になるのかな、と思いますが。 が、それはとても大きなニュースなのだけれども、もう少しマクロな目でみると、「株式会社による学校設立」が部分的に許可されはじめたということでしょうか。これは教育界にとってみれば、ものすごく大きな出来事だと思うのですが、それにしては、この問題に対する世論の盛り上がりは今ひとつですね。 ずっとずっと前から、教育学者たちはこの問題に警鐘を鳴らしてきました。しかし、たとえば、一番の関係のありそうな小学校、中学校、高校の先生方からあまりこの問題が語られることは少ないような気がします。 あまり気になることでもないのかな?、現場の先生方にとっては。 2004/03/17 リーダーシップ 最近、とあるところから、「海外大学院における「リーダーシップ」に関連するカリキュラムについてざっくりさくっと調べてくれませんか」という依頼があって、少し興味もあったし、勉強になるかな、と思い、引き受けることにした。 早速、スクールリーダーシップがご専門の佐藤くん@ハーバード大学や、MITの客員研究員の同僚たちに相談し、彼らが世界各国のいろいろ情報を提供してくれたおかげで、何となく大枠がぼんやりと見えてきたかな、というところである。ありがとうございました。 うーむ・・・なるほどね・・・この領域も、オモシロイねぇ。 まずね、「リーダーシップ」とか「Leading」という概念がさ、日本の教育界には、なかなかないのだと思うのです。 いやいや、もちろん、全くないわけじゃないよ。 たとえば、日本でも「教育改革には学長 / 教育長のリーダーシップが重要」とかいう議論はなされます。特に、「地方に対する権限委譲」や「教育の市場化」が進んでいる教育界では、よくこういう鼻息の荒い議論を耳にします。そう結論づけとけば、否定はされないからね、「ふーむ、確かにそうだわな」ってことで終わるから、安易に語られることも多い。 だけど、それ以上、具体的なものは何もないんだよね。そこには「そうですよね、おっしゃるようにリーダーシップって重要ですよね、でも、そりゃわかってますよ、で、具体的にどーすりゃいいのよ?」って思わずツッコミを入れたくなるようなスキがあります。 ビジネスの世界では、この領域の先行研究はものすごく多い。組織がかわるためには、、リーダーシップをもとにしたシステマティックなアプローチが重要であーる、というような前提がそこにはある気がします。だから、リーダーシップは「育成されるもの」だ、という考え方が浸透している。どこで、どうやって「育成される」か、という問題に関しては非常に論争があるね、だけど、少なくともそれは育成されるものだってみんな思ってる。 だけど、教育界においては、そういう考え方があんまりない。「育成される」というよりも、「カリスマ」っぽくとらえられている。「ある日突然、スゴイ人が赴任してきて、いくなり辣腕をふるいはじめちゃったー」みたいなイメージ。システマティックというよりは、「有無を言わせぬ必殺トップダウン」的概念ていうのかな。 でもね、アタリマエのことですが、リーダーシップは育成されるものなのです。 どうやって学ばれるかについては、さっきも言ったけど、非常に多くの理論があります。それは今ここでは話題にしません。でも、学ばれるものだということは、当然、海外大学院とかでは、それがカリキュラムになったり、短期プログラムになっているんだねー。 下記は、ハーバード教育大学院関連の「リーダーシップ」関連プログラムのリストです。ちゃんとお金をとって、教師を集め、リーダーシップについて、教育について学んでもらう機会を提供しているわけですね。
こちらは研究プロジェクトのリスト。
いろいろあるよねー。これらについて、Webでは一通りみたけど、詳しいことはまだ全然わからないから、今後、調査しなきゃね。シラバスとかにリーディングリストもあったので、ざっくり注文した。いや、こういう開墾的作業のは、楽しいねー、快楽だねー。 ていうのはね、僕ね、今日、久しぶりに「つながった」感じがしたわ、MITの同僚にもらった文献読んで。それはleading school reform in higher educationが主題の文献だったんだけどね。論理の展開の仕方が、これまでいろいろ読んできた文献にとても似てるし、そもそも引用文献が同じなわけよ。 ここにきて2ヶ月、少しずつ調べてきたいろいろな「異なった」領域に住むオトナたち・・・たとえば、企業の人材育成担当者、大学のアドミニストレータ、K-12の教師たち・・・彼らみんなオトナですが、これらの人々の学びに関する理論は、結局は、つながってるんだわ。すごく全く異なった領域に思えるけど、みんなつながっているのです。 ふふふふふ・・・「どらえもん笑い」を思わずしちゃうほど、今日は愉快だねー。 追伸1. 今日はSingapore-MIT Allianceのことで、ラーマン先生にインタビューさせていただいた。ラーマン先生は、このアライアンスのDeputy directorをつとめる。インタビューには、田口さんも参加してくれた。 この日記では何度もでてきているけれど、Singapore-MIT Allianceは、シンガポール国立大学、ナイヤン工科大学、MITの間でむすばれたアカデミックアライアンスのこと。高速回線を使って、MITの授業をシンガポールでも受講できるようにするという遠隔教育プログラムである。教育だけでなく、共同研究も行われている。
近年、日本でもアジア各国を対象とした遠隔教育の実施を模索する動きが、いくつかある。そのほとんどは現在のところ実験的プロジェクトであるが、本格的に学位や単位をだすプログラムは、どのように運営され、どのような成果をだしているのだろうか。このような興味関心から、今日のインタビューを行う運びとなった。 以下は記録である。
インタビュー終了後、田口さんとラップアップミーティング。「リエゾン」の重要性、支援スタッフのジョブディスクリプション、相互の関係性については、さらにディテールを知りたいので、再度、違う人にインタビューにいくことにした。 また、「eラーニングと組織論」というネタで、某社から出版が予定されている「大学経営戦略本」への共同執筆と、ねがわくば、どこかの学術雑誌に論文を書くことになった。 さらに情報が必要だ。今後は、1)Harvard Business School関係、2)SMAの実務担当者、3)ニューヨーク大学、4)レズリー大学関係へのインタビューを模索することになった。 さらに人生は続く。 2004/03/15 講演 最近聞いた2つの講演。ひとつはMITで行われた「インタラクティブテレビのインタフェース」についての講演。もうひとつは、ハーバード大学教育大学院で行われた「CNN Student Burea」についてのもの。 以下、2つの講演のメモを公開。
追伸1. MIT World この講演を見ていたら、少し前に、東大の同期生からこんなメールをもらったことを思い出しました。チョムスキーと同じように「市場主義批判」「グローバリズム批判」を行っていたピエールブルデューが、丁度、亡くなったときのことでした。
追伸2. テレビ会議 2004/03/14 朝おきれば 昨日、ケーブルテレビで「Sister act2」を見た。 で、その中にとてもいいなと思ったセンテンスがあったので、忘れないうちに書いておこう。ウーピー=ゴールドバーグとの確執から、コーラスグループに入ることを拒否しているものの、将来はシンガーになりたいと思っている、ちょっとふてくされた女の子(ちなみに、演じているのはローリンヒルだ)に、説教をするシーン。
ちょっと英語力に問題があるし、ワイン飲みつつ映画見てたから、このままのことを言ったかどうかは心許ないんだけど、たぶん、こんな感じか?、間違ってたらごめん。まーいいよ、感じてくれ。 それにしても、おっしゃるとおり。 2004/03/13 アヌチャイ先生 今日は、ホンマ、よー働いたわ。疲れたけど、なんだか爽快感があります。結構収穫あり。でも、もう眠たくて狂いそうなので、詳細はまた今度書きます。 あっ、そうそう、今日、NIMEに客員研究員として6ヶ月間滞在していらっしゃったアヌチャイ先生@チュラロンコン大学と何度かメールをしました。アヌチャイ先生とは、僕がNIMEにいるとき、ランチによくいったし、お話もしました。僕とおそらく年齢があまり変わらないと思われ、短い間でしたが、仲良くなりました。このたび、6ヶ月の滞在期間をおえて、4月にご帰国するそうです。 久しぶりにお互いの最近の近況を話したあとで、アヌチャイ先生が帰国の際にご家族と「鎌倉」「箱根」にいかれるというので、少し僕の知っている情報をシェアしてあげました。サクラもみたいということだったので、「千鳥ヶ淵」をおすすめしたけど。 うーん、手段がメールしかないから、YahooのMapのURLを使って場所を教えたけど、アヌチャイさん、わかってくれたかなぁ。 この日記を見ていらっしゃると思われるNIMEの方々にお願いがあります。是非、アヌチャイさんに、「鎌倉」「箱根」「さくら」の情報を教えてあげてください。どうかよろしくお願い致します。 2004/03/12 ロスト・イン・トランスレーション 僕が渡米した直後の1月頃なのかな。以前、こちらで少し話題になっていた映画「ロスト・イン・トランスレーション」を、ついに見た。
この映画のあらすじは、だいたいこんなところだろうか。
個人的には、とてもオモシロク見ました。行ったことのある場所、いつも歩いていた場所が、映像になっていてね、見ていてとてもワクワクする。こちらのアメリカ人さんたちが、どう見ているかは知らないけどね、僕は好きだよ、この映画、雰囲気も。 中には、日本をやや小馬鹿にするような表現も含まれているけど、僕はそれにいらだちを感じなかった。僕が作り手の立場だったら、演出上、日本での彼らの孤独を表現するために絶対にそうすると思うので、それは致し方ないと思います。 東京、懐かしい。 2004/03/11 国際プロジェクト 来週、ラーマン先生に「The singapore MIT alliance」のことをお聞きする機会をいただいた。このインタビューには、田口さんも参加してくれることになっている。 で、その下準備と思って、MITが関係する国際関連のプロジェクトを調べていたら、こんだけ見つけた。これにOCWをたすと、全部かなぁ・・・自信ないけど。それにしても、アライアンスとかInitiativeだらけですね。 詳しいことはよくわからないが、質問をまとめて次回のミーティングに備えよう。
2004/03/10 Emotional Design 今年のお正月に出版されたドナルド=ノーマンの「Emotional Design」を読んだ。 ノーマンといえば、認知科学の生みの親のひとりであり、元・アップルフェローであり、かつ、「誰のためのデザインか?」などのベストセラーで知られるカミサマみたいな人である。 人間には、Cognitive systemの他に、意志決定に影響を与えるAffective systemがある。道具やインタフェースは、Cognitiveにわかりやすく使いやすいだけでなく、Affetiveに快いものでなければならない。結局、Usabilityとは、Emotionの影響を強く受けてしまうのだ。だから、人工物のデザインは、Pleasurebleで、Funで、Enjoyableなものでなければならんぞ、というのが、本書の骨子であろう。様々な事例や、3種類のデザインモデルなどを用いて、この主題を繰り返し説明していた。 僕の中で、前作との整合性はまだとれていないけれど、読んでいてオモシロかった。賛否両論はあるだろうが、オモシロイ。まさにEmotionalにDesignされている本である。日本人の研究者の方々が何人も文中で取り上げられていた。 ちなみに、本書の一番最初にでてくる「決してお湯を注げないポット」が欲しい。
2004/03/09 エリオットハウス 「明日への希望」に満たされたハーバード大学のフレッシュマンたちを、毎年のように迎えるチャールズ川沿いのドミトリー。その一角にある小さな図書館。これまで幾人もの高名な学者の目にとまり、今は、誰かが手にとってくれることを、この小さな図書館で静かに待つ書籍たち。 あの書物たちは、きっとこれから何十年という時をこの図書館で過ごし、真新しいノートを抱えた学生たちが勉強する姿を、毎年のように見続けるのだろう。そして、春の到来を感じさせる温かな週末 - ピアノの音色が響く、ちょうど今日のような佳き日に - 窓から差し込む陽の光を、その背表紙に浴びるのだろう。
今日、ハーバード大学のドミトリーのひとつであるエリオットハウスの図書館で、各国のフルブライター(フルブライトで留学した人たちのことをフルブライターと呼ぶ。フルブライターの募集は世界各国で行われている)たちが集まる小さな音楽会が開催された。 フルブライターの中で、ピアノやヴァイオリンなどを弾けるできる方たちがパフォーマーとなり、演奏を行う。日本からは、MITの洋子さんが、「さくら」と「シューベルトのソナタ」を演奏した。とてもステキな演奏だった。
演奏会を終え、エリオットハウスを出ると、さっきまでチャールズ川のベンチに座っていたカップルたち、家族連れが、ハーバードスクエアの方に戻ってくるのを見た。チャールズ川の方に目をやると、水面には夕暮れの光が照り返していた。 綺麗だなぁ 月並みだけど、心からそう思った。いつも通い慣れたマサチューセッツアーベニューから、ほんの少しだけ奥にはいったところに、もうひとつの美しいボストンを見つけた。 長い冬からはや6ヶ月・・・ボストンに少しだけ早い春が訪れようとしている。
・・・・・と思って一晩寝たら、今日は「猛吹雪」じゃねーか! 2004/03/08 ルー度 こちらにきて思うことのひとつに、アメリカ人のオトコたちは、なんて「紳士的な振る舞い」をするんだろうってことがある。たとえば、ドアの開け閉めのとき、次にはいってくる人たちのために、ドアを手で押さえて待っている。エレベータからでるとき、エレベータのドアを手で押さえてまっている。 はっきりいって、慣れないうちはただただ感心するばかりだった。が、こちらで僕も生活するということは、そうした立ち振る舞いを社会から期待されているということである。今は、ドアの開け閉め、エレベータの乗り降りの際には、かなり気にするようになった。 もちろん、これは人による。「オマエ正気か!?、人として大丈夫か!?」というような感じの無愛想なオトコたちもいるから一概には言えない。しかし、僕が大学などで接する多くの人たちは、とてもPoliteである。 僕は反省した。 うちのカミサンと僕が歩いているとき、彼女は何度鼻をぶつけそうになったことだろう。実際に、鼻にドアがあたったことも一度や二度ではあるまい。 どうして、そんなことが起こるのか? 英語で「不作法」のことを「ルード(rude)」という。不作法さの程度を、今、仮に「ルー度」とするならば、かつての僕は「ルー度満タン、100%」であったかもしれない。 人はそう簡単に変わることができないかもしれない。が、せめて「ルー度」を20%くらいに押さえたいとは思う。 ごめん、カミサン。 2004/03/06 マイルストーン あと1週間で、「1つめのマイルストーン」だ。 渡米前、僕は、9ヶ月の滞在期間の中で3つのマイルストーンをもうけた。各マイルストーンでは、自分の研究目的にしたがって、その期間に学んだ成果を、簡単にまとめようと思っていた。その第一回目のマイルストーンまで、あと1週間である。 この2ヶ月間、いろいろなことがあった。 いろいろな人々の助けのおかげで、何とかかんとか住居、研究環境をセットアップし、これまで逢うこともできなかったような人たちと話をすることができた。執筆者たちとメールで連絡をとりながらの作業であったが、本も無事脱稿することができた。すべては、僕を支えてくれた人たちのおかげである。 生活にはまだまだ戸惑うところもあるし、拙い語学力のせいで人々とのコミュニケーションには苦闘する毎日を送っているが、何とかかんとか、こちらの「生活」に慣れてきた。
しかし、僕は「生活」をしにここにきたのではない。 否、「研究をする」とは曖昧さを含む物言いである。どのような状態 / 行為をさして、「研究をする」と言表するのかについて、解釈が分かれるからである。 少し狭めの定義をあてはめるとするならば、研究は「かたち」にならなければならない、と僕は思う。 「かたち」にするとは、日々、僕の目の前を流れる情報の中から、自分なりに問題に対する解を「inscribe」することであるように思う。inscribeした「かたち」は、はじめてストックされる対象となる。それ以外の情報は、すべてフローし、いつしか忘却のかなたに消えていく。 幸い、この2ヶ月で、自分がこれから取り組みたい領域の全体像をおぼろげながら理解することはできた。それに気づいたのは、つい先日のことだが、「自分の取り組みたい研究領域」を2次元の空間っぽく把握することができた。 「これだけがアンタの2ヶ月間の成果かい」、と聞かれると大変恥ずかしいことこの上ないが、第一回目のマイルストーンとしては、これをキチンと図にあらわそうと思う。 ディテールについては、まだまだ学ぶしかない。
東京 - カミサンも数ヶ月後の渡米に備えて、準備をしはじめたようだ。仕事の合間をぬっての勉強は大変だと思うが、大いに楽しんで欲しいなと思う。ウサギを捕獲せよ。 数年前、学習する組織(Learning organization)という言葉が流行した。 「学習する夫婦」という言葉は流行しないと確信する。 2004/03/05 パフォーマンス Training 2004の会場へ。
おもしろかったのは、Performance Improvementのセッション。Performance consultantのDana Robinsonという人の講演で、タイトルは「Transitioning your department to get into the performance businss」。 僕の貧弱な英語力のせいか、もともとの概念が人によって解釈が違うのか、どうもまだ僕自身わからないことが多いから、あんまり人前で言うのははばかれるんだけど、このPerformance Implovementという考え方は、ホットトピックらしい。 要するに、こういうことなのかな。
だいたい、こんな前提のもとに、Danaは、その方法論などを語っていました。 うーむ・・・。 何となくわかるんだけど、わかんないんだよな、何となく腑に落ちない。この動向については、僕も勉強するので、詳しいコメントはまた今度。・・・なんか、その新しさがわかんないんだよなー。用語がかわっているだけの気がするんだけど・・・。 まぁ、独りで鼻息荒くして悩んでいるのもどうもな、と思って、隣に座っていたオッサン - この人はコンサルタントらしいが - に話しかけたら、彼は、こんなことを言っていた。
あとはモバイル&ラーニング関連のセッションなどがおもしろかった。いくつかの典型的な使用事例が聞けてよかった。
ホテルに戻る。 SITEのポスターセッションでは、下記のような話があったようだ。テレビとハンズオン体験とWebを組み合わせたNASAの科学教育プログラム。
テレビ番組の方は、PBSで放映されているらしい。 あと、ポスターセッションでは、PT3(Preparing Tomorrow's Teachers to Use Technology Program)のグラントを受けた発表が多かったようだ。
カンファレンス終了後、夕方、ホテル近くにあるコカコーラのミュージアムへ。アトランタはコカコーラの本社があるところです。ここでは、コカコーラのポスター、瓶などが展示されていて、展示の最後には無料で浴びるほどコカコーラがのめます。 個人的におもしろかったのは、コカコーラのポスターのうつりかわり。最初は、薬として売られていたコカコーラ。どういう人を対象にコーラを売ろうとしていたか、その歴史的変遷がポスターを見ているとうかがい知ることができますね。メディアリテラシーの授業とかの素材に使えそう。
夜、ロビーで食事の待ち合わせ。黒田先生、成瀬先生ほか、東京工業大学の皆さんと一緒に近くのシーフードレストランへ。久松君も合流した。 レストランでは、東京工業大学の永井先生といろいろな話をした。永井先生が今やっておられるという調査研究が、とてもオモシロク興味深かった。データがもうそろそろでるとのことであった
追伸.
丁度、数日前、「教師のオンラインコミュニティ」の設計について酒井君と話していたときに、「完全にオープンなコミュニティもあるけど、一見さんお断りコミュニティを敢えて設計することもおもしろいよね」、と話していた。タイムリーだったのでびっくりした。まぁ、ある臨界点を超えると、爆発的に広まっていくと思うので、その設計が意味をなすのは、最初だけかもしれないけれど。 どなたか、ワタクシメをOrkutに招待していただけませんでしょうか? 2004/03/03 へーきのへーちゃん 早朝起床。このところ運動不足なので、部屋でエクササイズをする。ちゃっちゃっとシャワーをあび、近くのフードコートへ。ベジーラップ(野菜巻き)を食べる。 Trainng 2004の会場へ。朝一番は、ウィリアム=ホートン(e-learning specialist)のセッションに参加。
人を引きつけるラーニングサイトのデザインについて、いろいろな事例を引用しつつ、語るみたいな話だったが、今ひとつ。僕が思うに、その原因は、ラーニングサイトを語るときの、語り口にあるのではないのかな、と思いました。 結局、ラーニングサイトのデザインというのは、コンピュータの機能を説明するだけでは、十分でなく、それが使用される物理的状況、またそれが使用される活動の流れ、などと切り離して考えることができない。「こんなデザインもある」「あんなデザインもある」と言われても、そのデザインが「生きてくる場所」や、そのデザインがそもそも対象としていた「学習者が見えてこない」から、聞いた人には、どうしてもMake senseできないのです。近くにいたアメリカ人さんとも、セッション終了後、感想を言い合いましたが、同じ事を言っていました。 今回のセッションからは少し離れますが、このことからはかなり重要な示唆が見て取れるような気がします。より広く考えるならば、「テクノロジーで支援されたラーニング」についての語り方っていうのかな・・・。 「テクノロジーで支援されたラーニング」を、「どのような視座から(what kind of the point of view)」、「どのように見て(How to observe)」、「どのように記述し(How to describe)」「どのようにレポートするか(how to report)」・・・ちょっとうまい言葉では言えないけれど、そういったもののコンセンサスが必要なのかな、と思います。そうでなければ、吟味するに値する事例が蓄積しないと思うんですね。 このカンファレンスに参加しての全体的な感想ですが、もう「テクノロジーの新奇性だけに焦点をあてたような議論」や、「テクノロジーの細かな仕様に関する議論」は、非常に少なくなっているように感じます。ほとんどなされていないといっても過言ではないかもしれない。これは同時に開催されているエキスポのエキシビジョンを見ても、そう思います。 「テクノロジーを使って生み出されることが期待されている出来事」ではなくて、「ローテクでもいいから、全くそんなことは気にしないから、ほんとうにおこった出来事のディテール」をみんな知りたがっているような気がする。
今日はいろいろなセッションにでましたが、よかったのはIBMのセッション。「Effective blended learning strategies for the develpment of manager」というタイトル。 要旨を簡単にいうと、以下のようになります。
って感じ。 このソリューションは、かつてIBMで使われていたもので、今はカスタマイズしていろいろな会社に売られているんだって。 この日は、1000名の全米各地に散らばっているマネージャに対して、1年間のプログラムを提供しているある会社の事例が紹介された。 僕としては、この話はもともと知っていた話だったのですが、より詳細な様子がわかってよかったです。こういうものを、どのようにクライアントとコラボレーションして開発していくが聞けたのがよかった。専門性をもった人たちが、それぞれに役割分業しているんだねー、ほほー。
それにしても、英語力のなさを痛感しました、今日は、久しぶりに打ちのめされた。 もともと国際会議ではないので、みんなネィティブスピーカだから、話されている英語はむちゃくちゃ早い。で、講演の最中でも、「さー、みんな立って、3人で組になってこの問題について議論してー」とか、へーきのへーちゃんでディスカッションが促される。頼むから、それだけはやめてくれー。ひえーって感じです、青ざめちゃう。 だって、この会場にいる誰一人として、このような場に「英語に困難を感じているヤツが紛れてる」なんて思ってないから、容赦なんか全くない。ネィティブが2人の中で発言することは異常に困難、聞き取ることことさえかなり困難・・・。 あのね、今まで全く思わなかったけど、僕の住んでるケンブリッジの英語ピーポーたち、チミたちはみんな、優しかったのだね。英語が困難な人たちに対して、まだ寛容なんだなぁと思います。さすがに、ケンブリッジは留学生とか客員研究員とか多いから、みんな慣れてるんだろうなぁと思いました。
はぁ、もうこっちにきて、1ヶ月半なんだよなー。 ・・・まー、イジけてもみっともないし。
追伸. よい文献を手に入れました。ひとつは企業内教育関係のハンドブック。ひとつは、トレーナーを育成するトレーナーが使う教科書とハンドブック。全部で3万円だったけど、投資だと思って買った・・・それにしても高い・・・トホホ・・・絶対回収したる。 2004/03/02 知見 2月29日 我が家で「石狩鍋」を囲んだホームパーティ。とても楽しい時間を過ごした。途中で韓国の飲み会慣習「爆弾」がはじまり、途中でややボミット系になった人もいたが、無事、全員を帰し終了。(ちなみに爆弾ゲームをはじめたのは僕じゃないぞ、そこんとこよろしく)
3月1日 朝7時の飛行機で、酒井君、八重樫さんとともにアトランタへ。お昼ゴハンを食べ終わって、さー、そろそろカンファレンスにでもいくかと思っていたら、奈良教育大学の小柳先生に出会い、夕食をご一緒することになった。 Information Technology & Teacher Educationがテーマの「SITE2004」にでている酒井君たちとは違って、今回、僕は「Training 2004」というカンファレンスにでています。要するに、「企業内の人材育成」に焦点をあてたカンファレンスだね。
で、いくつかのセッションにでました。 うーん、なるほどねー、学会異なればここまでまた雰囲気も異なるとは。発表を行うカンファレンスではないからねーここは。「勉強しまっせ」という姿勢というのかな。みんな、講演者の話に熱心にメモをとっています。 今日、印象に残っている発表は、企業内教育の実践と理論についての発表。このセッションを一言でまとめると、こんな感じ。 「実践家がアタリマエだーと思っていることでも、それを裏切る研究知見はあるんです・・・ちょっとみんなで見てみましょうか・・・ほーら、常識とは違う重要な研究知見がこんなにあるじゃあーりませんか」 このセッション、いろいろな先行研究について知ることができたのはとてもよかったと思います。なるほどねー、そういう領域でも研究されていましたか・・・という感じです。 でもね、なんだかさ、このプレゼンターの背後仮説である「研究者がまとめた論文=いつでもどこでも同じ結果が得られる=実践家はそれに従えばよい」っていうのは、ごめん、悪るいんだけど、あまりにプリミティブすぎる。 研究が、コントロールされた環境下において行われる限りにおいては、そのような「傾向」があるかもし、そうした研究は重要だと思います。 でも、企業内教育現場で実践家がどう振る舞うべきか、といった課題の場合、研究知見をすべて手放しでは信じることは困難に思います。ぶっちゃけていいますと、実践家の常識を支える知見も、それに反する研究知見も、両方でちゃうと思います。それは研究者の不誠実からそういう曖昧さが残るのではなくって、研究対象の特性です。 たとえば、企業内教育の場合、労働者の気質、人種構成、背景知識、企業の規模、めざすべき目標、コンペティター、企業文化・・・etc。様々な変数の中で、実践家は教育を行おうとしている。彼らにとって有益な研究知見とは、どのようなものなのか・・・古くて新しい問題にここでも出あってしまいました。 明日も楽しみです。 追伸. 夕方、カンファレンス終了後、近くにあるCNNセンターにいってきた。ここアトランタは、CNNの本拠地があるんですね。スタジオツアーに参加したぞ。CNNヘッドラインとか、CNN大統領選とかのスタジオを真上から見られて、なかなかおもしろかったです。
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NAKAHARA,Jun
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